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名古屋地方裁判所 平成4年(ワ)2783号 判決 1995年9月25日

名古屋市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

浅井岩根

秋田光治

井口浩治

今村憲治

太田勇

小川淳

奥村哲司

織田幸二

角谷晴重

北村明美

纐纈和義

柴田義朗

清水誠治

新海聡

杉浦英樹

鈴木良明

高柳元

柘植直也

福井悦子

福島啓氏

松川正紀

東京都中央区<以下省略>

被告

国際証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

松下照雄

川戸淳一郎

竹越健二

白石康広

鈴木信一

本杉明義

主文

一  被告は、原告に対し、金二四七万九三三四円及びこれに対する平成二年五月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金八七三万一一一四円及びこれに対する平成二年五月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告は、証券業等を目的とする株式会社であり、昭和五六年に野村證券投資信託販売株式会社(以下「野村投信販売」という。)と合併している。

(二) 原告は、大正一四年生まれであり、かつては衣料品の販売を目的とする株式会社を経営し、従業員を一〇名程雇用していた時期もあったが、昭和六〇年ころから体力的に会社を維持していくことが困難となり、昭和六三年に右株式会社を解散し、その跡地に、住宅金融公庫から資金の借入れをしてマンションを建設した。

現在、原告は、子供が皆独立し、妻と二人暮らしであるが、一年間に、マンションの家賃として一四〇〇万円及び年金四四〇万円の収入があり、住宅金融公庫に対し六〇〇万円を返済している。

2  ワラントの特殊性

(一) ワラントの定義

ワラントとは、新株引受権付社債(ワラント債)に表章される新株引受権のことをいい、権利者に対し、予め定められた期間内(権利行使期間内)に、同社債の発行会社に対し一定の価格(権利行使価格)で一定の数量の新株の発行を請求する権利を与えるものであるが、分離型の新株引受権付社債にあっては、分離された新株引受権は新株引受権証券という有価証券に表章されて独自に流通することになり、この証券のこともワラントと呼ばれている。

(二) ワラント取引が認められた経緯

ワラント債は、昭和五六年の商法改正によりその発行が認められるようになったが、日本証券業協会は、分離型のワラント債は、日本国内では馴染みのない新しい証券であるから流通市場の受入態勢が整備されるまで取引すべきでないとして、国内での発行や持込みは行わないとする自主規制措置を講じていた。

しかし、同協会は、昭和六〇年一〇月の理事会決議で右自主規制を解除し、同年一一月一日から国内での分離型のワラント債及びワラントの取扱いを、昭和六一年一月一日から外国で発行されるワラント債及びワラントについて国内の投資家からの売買注文を外国の有価証券市場に取り次ぐ取引を、それぞれ解禁することとした。

(三) ワラントの商品構造

(1) 権利行使期間

権利行使期間は、ワラント債の発行時に決められるが、社債の満期償還日あるいはその前の一定日とされ、発行後四年間ないし五年間とされるものが多い。

(2) 権利行使価格

権利行使価格は、通常、ワラント債の最終発行条件決定時の当該ワラント銘柄の株価の一〇二・五パーセントと決められる。ただし、ワラント起債後の無償増資や公募発行による発行株式数の増加により調整されることがある。

(3) 一ワラントの権利行使による取得株式数

一ワラントの権利行使による取得株式数は、券面金額(外貨建ての場合は発行条件決定時の為替レートで円に換算する。)を一株の権利行使価格で除することにより算出される。

(4) 権利行使

ワラントを権利行使するには、新たに、権利行使価格に取得株式数を乗じた株式取得代金を発行会社に払い込まなければならない。

したがって、当該ワラント発行会社の株価が、権利行使価格と取得株式数一株当たりのワラント購入コストとの合計額を上回らなければ、権利行使するメリットが存しないこととなる。

(四) ワラントの特質

(1) ワラントのリスク

イ ワラント発行会社の株価の動向によっては、ワラントを権利行使するメリットが存しないまま権利行使期間を経過する可能性もあり、その場合には、当該ワラントは完全に無価値なものとなる。

ロ ワラントは、その発行会社の株価の変動率と比較すると、その何倍もの価格変動が生じるから(ギアリング効果)、ハイリスク・ハイリターンというべき特質を有する証券である。

ハ 外貨建ワラントは、権利行使する場合の為替レートはあらかじめ定められているが、ワラント自体の取引には、ワラント購入時とワラント売却時の為替相場の変動による影響が伴う。

(2) 価格形成の仕組み

外貨建ワラントは、国内の証券取引所には上場されていないから、国内の証券市場では取引することができず、実際には、証券会社が、顧客との間で自ら売主となって手持ちのあるいは他から調達したワラントを顧客に売り付け、又は、自ら買主となって顧客のワラントを買い付けるという店頭での相対取引がほとんどである。

(3) 価格情報の入手方法

ユーロドル建ワラントの気配値は、当初は証券会社の店頭に掲示されるのみであったが、平成元年五月一日から日本証券業協会が特定の銘柄についてその気配値を発表するようになり、平成二年九月二五日から、日本相互証券株式会社で行われるワラントの業者間取引の前日の中値(売値と買値を平均した中間値)が日本経済新聞等の経済・金融・証券専門紙に掲載されるようになったが、一般全国紙には現在でも掲載されていない。

3  取引の経緯

(一) 原告は、昭和五五年一〇月から、被告の前身である野村投信販売名古屋駅前支店において、老後の生活の為の貯蓄を目的として証券取引を始め、平成元年ころまでは、七〇〇万円程度の金額を割引債、国債、投資信託及び現物株式という比較的リスクの少ない証券に投資していたが、いずれの取引も、原告が自ら判断したものではなく、原告を担当する被告従業員の勧めるところに従ったものであった。

(二) 被告従業員のBは、平成元年に、前任者に代わって原告を担当することになったが、同年七月二〇日、原告に対し、電話で「ワラント債という非常にもうかる商品があるから買わないか。絶対にもうかる商品で飛ぶように売れている。」、「専門家が特にXさんに勧めるんだから。」、「非常にもうかる、値打ちなものがある。」などと述べてワラント取引を勧誘した。しかし、Bは、ワラントの危険性やワラントの商品構造、取引形態等について説明をしなかったために、原告は、ワラントとワラント債とを混同し、ワラントとは割引債のようなものであるとの誤った認識を持ち、ワラントの危険性等について何ら理解しないままに、Bの右勧誘に従い、日野自動車工業外貨建ワラントを五〇ワラント購入することを電話で承諾した。

(三) 原告は、同月二五日、原告宅を訪れた被告の嘱託職員から、外国新株引受権証券の取引に関する確認書及び外国証券取引口座設定約諾書を示され、取引に必要な書類であるからとの理由で署名押印を求められたので、言われるままにこれらに署名押印した。

原告は、右嘱託職員又はBから、右各書面についての説明を受けたことはなく、同書面の意味内容を理解していなかった。

(四) その後、原告は、被告との間で、別紙ワラント取引一覧表記載のとおり外貨建ワラントの取引(以下「本件ワラント取引」という。)を行ったが、そのうち平成二年一月の三菱電機ワラントの買付けまでの取引については、Bから、例えばリョーサンワラントや三菱電機ワラントについて「電算関係がこれからは非常に伸びるだろう。」との判断を示されたように、各ワラントが確実に値上がりをするかのような勧誘をされたため、これらのワラントを購入すれば確実に利益がえられるとの誤った認識を持ち、原告自身が銘柄の選定についての判断をすることなしに、Bの勧めるままに、ワラント取引を継続したものである。

(五) 原告は、平成二年五月末ころ、Bからの電話で三菱電機ワラントの価格が下がり多額の損失が出ていることを知り、同人に対し、「絶対もうかると言ったのに、こんなに損が出るのは何故だ。」と問いただしたところ、Bは、「今にいいチャンスが来るから、もう少し待て。」、「旭化成の方を買っておいた方があと有利だろう。」、「これからは、旭化成が医薬品だけでなく、建築でも伸びるから絶対いい。」などと述べ、ワラントのリスクやその内容について何ら説明をしないまま、三菱電機ワラントを売却して旭化成ワラントを購入することを勧誘した。

原告は、三菱電機ワラントの損失の事実に直面しても、Bの説明が不十分であったことから、ワラントとは割引債のようなもので最悪の場合購入価格の二割ないし三割程度の損害を受けることもあり得るという程度の認識を持ったにとどまり、Bの勧めるように旭化成ワラントを購入すれば利益が出るかも知れないと考えて、旭化成ワラントを購入した。

(六) その後、Bは、原告に対し旭化成ワラントの価格の推移等に関して何の連絡もしなかったため、原告は、同ワラントは利益が出ているものと思い、Bに問い合わせることはしなかった。

平成三年七月ころ、原告は、被告から、同ワラントの時価評価額が四万一九四一円であるとの通知を受け、Bに対し事情の説明を求めたが、Bは、「もうしばらくすればチャンスが来る。」と述べるばかりで、なぜこのような損失が生じたのか納得のいく説明をすることはなかった。

4  被告の不法行為

(一) 勧誘行為自体の違法性

外貨建ワラントは、その特質や受入態勢整備の実情に照らして、販売行為そのものに多大の疑問が残る商品であり、また、店頭取引に伴う不透明性等を考慮すると、その販売が正当化されるのは、取引システムに熟練し、十分な投資資金を有し、自ら十分な情報を収集し得る者が、勧誘によることなく自発的な意思により購入する場合に限られるのであり、このような条件に合致しない一般投資家に対し、その購入を勧誘することは、それ自体違法である。

(二) 適合性の原則違反

(1) 本件ワラント取引当時、大蔵省証券局長通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」(昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号)には、「投資者に対する投資勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるよう十分配慮すること。特に、証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する勧誘については、より一層慎重を期すること。」と定められていた(適合性の原則)。

(2) 外貨建ワラントは、価格変動の著しい、強度の投機性と取引の複雑性等の多くの問題を有する証券であるから、専門知識に裏付けられた機関投資家が投資資産の構成要素の一部として取引を行うにとどめるべきものである。

(3) 原告は、一般紙の中日新聞しか購読しておらず、証券取引についての知識は皆無に近い素人であって、ワラント取引開始前に証券取引の経験があるといっても、それは被告従業員の勧誘のままに行われてきたものであり、また、原告は老後の貯蓄のための手段として証券会社との取引をしていたものであって、ワラントのような危険な取引を全く望んでいなかった高齢者であることからすれば、Bが原告に対して外貨建ワラントの勧誘をしたことは適合性の原則に反する。

(三) 説明義務違反

(1) 外貨建ワラントの特性が前記のようなものであり、また、周知性がないことからすると、被告の従業員は、顧客に対し、ワラントに関する次の内容の説明をし、顧客がそれらを十分に理解してからでなければ購入させてはならない義務がある。

イ 株価が権利行使価格を上回らないまま権利行使期間が経過すると、ワラントは無価値なものになるという危険性

ロ ワラントは分離型の新株引受権付社債(ワラント債)のうち新株引受権証券部分を分離したものであること、ワラントの権利行使期間、権利行使価格、一ワラントの権利行使による取得株式数、権利行使する場合に必要な株式取得代金の額

ハ ワラントの権利行使価格と株価との関係、ワラント価格とその意味(ポイント、パリティ、プレミアム)、ワラント価格の変動要因、ワラント価格情報の入手方法、ワラントの権利行使により利益を出すための株価の条件

ニ 顧客に対して勧誘しているワラントについて、右ロ、ハの事項の具体的な内容

ホ ワラントの取引は、証券会社自身が売買の相手方であり、購入した場合にそれを売却する先も事実上当該証券会社に限定されること、それ故証券会社が買取りに応じない場合には事実上処分が不可能となること、価格は取引所の市場で形成されるものではなく業者間の気配値によって形成されるものであること

(2) 右のような説明義務については、日本証券業協会公正慣習規則第九号「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」(以下「公正慣習規則第九号」という。)も、ワラント取引等を開始するに先立ち、証券会社又はその使用人は、顧客に対し、同協会又は証券取引所が作成する説明書を交付して、取引の概要及び取引に伴う危険に関する十分な説明をするとともに、顧客の判断と責任において当該取引を行う旨の確認書を徴求すべきものとしている。

(3) ところが、被告の従業員Bは、原告に対し、右事項について全くあるいはほとんど説明することなく勧誘し、本件ワラント取引に係るワラントを購入させた。

また、Bは、最初のワラント取引である日野自動車工業ワラントの取引の時点では、原告に対し、公正慣習規則第九号に規定する説明書の交付や確認書の徴求をすることなく、電話で勧誘したに過ぎない。

(四) 虚偽表示、誤解を生ぜしめるべき行為

(1) 虚偽の表示をし又は重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示をする行為は、本件ワラント取引当時の証券取引法五〇条一項五号、証券会社の健全性の準則等に関する省令一条一項によって禁止されている。

(2) ところがBは、原告に対し、「ワラント債という非常にもうかる商品があるから買わないか。絶対にもうかる商品で飛ぶように売れている。」などと虚偽の説明を行い、原告は、右説明を信じ、ワラントは割引債のようなものと思い込んで、ワラント取引を開始した。

(五) 断定的判断の提供

(1) 本件ワラント取引当時の証券取引法五〇条一項一号は、有価証券の売買に関し、有価証券の価格が騰貴することの断定的判断を提供して勧誘する行為を禁止している。

(2) Bは、原告に対し、ワラントを勧誘するに際して、「絶対にもうかる商品で飛ぶように売れている。」、「専門家が特にXさんに勧めるんだから。」と述べただけでなく、日野自動車工業ワラントについて「非常にもうかる、値打ちなものがある。」と述べ、三菱電機ワラント、リョーサンワラントについて「電算関係がこれからは非常に伸びるだろう。」と述べ、旭化成ワラントについて「旭化成の方を買っておいた方があと有利だろう。」と述べるなど、ワラント購入が利益を発生させるとの断定的判断を提供して取引を勧誘した。

(3) Bの右勧誘は、証券取引法に違反するとともに、社会的相当性を逸脱するものである。

(六) 一任売買、過当売買

(1) 一任売買は、顧客の意思が反映されない反面において、証券会社従業員が、顧客の勘定に対する支配権を有することとなり、右支配権を濫用し、数量・頻度において過度な取引が行われがちであることから、本件ワラント取引当時の証券取引法一二七条、昭和二三年七月二四日証券取引委員会規則「有価証券の売買一任勘定に関する規則」(昭和六三年大蔵省令第三六号により「有価証券の取引一任勘定に関する規則」と改正。以下「一任勘定規則」という。)及び昭和三九年二月七日蔵理九二六号理財局通達「有価証券の売買一任勘定取引の自粛について」(以下「自粛通達」という。)等によって規制されてきた。

(2) 本件ワラント取引は、各約定時点で当該銘柄を買うことについて原告の判断がほとんどなく、実質的にはすべてBがこれらを決定して行われた一任売買であり、しかも、その取引の状況は、別紙ワラント取引一覧表記載のとおり、平成元年七月から平成二年五月までの間に八銘柄のワラントを次々に取引していったものであるから、被告において手数料を得ることを主たる目的として行われた過当なものであって、社会的相当性を欠く実質的な一任売買かつ過当売買であり、違法なものというべきである。

5  責任

被告は、被告自体あるいは被用者Bの故意又は過失に基づく右違法行為により、原告に対し、後記6の損害を与えたものであるから、民法七〇九条、同七一五条により、原告の損害を賠償する責任を負う。

6  損害

(一) 本件ワラント取引による損害 七四三万一一一四円

原告は、前記の不法行為によって、別紙ワラント取引一覧表記載のとおり、合計七四三万一一一四円の損害を被った。

なお、旭化成ワラントの権利行使期間は平成五年六月一五日までであるから、現在、同ワラントは無価値となっている。

(二) 弁護士費用 一三〇万円

原告は、本件訴訟の提起及び遂行を弁護士である訴訟代理人に委任したが、そのための費用として一三〇万円を要する。

7  よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、右6の(一)、(二)の損害の合計額八七三万一一一四円及びこれに対する不法行為が行われた最後の日である平成二年五月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)の事実は認め、(二)の事実は知らない。

2  同2の各事実は認める。

3  同3の(一)のうち、原告が、昭和五五年一〇月下旬ころに被告の前身である野村投信販売名古屋駅前支店で証券取引を始めたこと、平成元年ころまで、国債、投資信託及び現物株式に投資をしていたことは認め(ただし、投資対象には外国債券もあり、また、一回当たりの投資金額は一〇〇〇万円に上る場合もあった。)、その余の事実は否認する。

4  同(二)のうち、Bが平成元年七月二〇日に原告に対し日野自動車工業外貨建ワラントの買付けを勧誘したことは認めるが、Bが右勧誘の際に用いた文言及びその余の事実は否認する。

5  同(三)の事実は否認する。

嘱託職員は、受渡業務を行うことはあっても、約諾書及び確認書の受入れは一切行っていない。

6  同(四)ないし(六)のうち、原告が、本件ワラント取引を行ったことは認めるが、その余の事実は否認し、若しくは知らない。

7  同4及び5は争う。

8  同6の各事実は知らない。

三  被告の主張

1  適合性の原則違反との主張について

(一) 原告は、昭和五五年一〇月下旬ころから証券投資を行っていて、取引開始当初から数年間は公社債型及び株式型の投資信託の売買が中心であったが、昭和六〇年ころから株式中心の投資を行っていて、一回当たりの投資規模も一〇〇〇万円に上る場合があるのみならず、マンションを所有する程の資産家であり、昭和六三年七月ころから何度も被告名古屋駅前支店に来店し、株式相場動向に関する見解を表明することもあるような、証券投資の知識、経験の豊富な投資家である。

(二) 原告は、被告との証券取引において、老後の貯蓄のための手段に相応しい金融商品である割引債や中期国債ファンドの買付けは全く行っておらず、投資信託の取引では株式型投資信託を中心に買付けを行っている上、日立及びキリンの株式現物取引において合計三〇〇万円を越える損失を被ったことがあることからすれば、老後の貯蓄のための手段として証券取引を行っていたものということはできない。

(三) 原告は、本件ワラント取引以前に、ドル建外国債券であるファニー・メイの買付けを行っているし、野村證券株式会社を通じマルク建てのドイツ銀行株式の売買を行ったこともあり、しかも、何度も海外旅行に出かけ、トラベラーズチェックを組んだ経験があることからすれば、円及びドルの為替の変動に関して十分理解していたものというべきである。

(四) したがって、原告に対してワラント取引を勧誘したことは、適合性の原則に違反するものではない。

2  説明義務違反及び虚偽表示あるいは誤解を生ぜしめるべき行為との主張について

(一) Bは、平成元年七月中旬ころ、原告に対し、電話によりワラントの案内をしたところ、原告がそのハイリターン性に興味を示したので、同月二〇日に、日野自動車工業ワラントを勧め「ワラントの説明もしたいですしお会いできませんか。」などと話したところ、原告は、詳しい説明を聞きたいとの意向を示し、同日午後一時三〇分ころ被告名古屋駅前支店に来店した。

その際、Bは、原告に対し、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」及び「ワラント取引のあらまし」と題するワラントに関する説明書を交付するとともに、図を書いてワラントとワラント債との違いを説明し、ワラントが株式に比べて値動きが大きいことを示すため株価の上下動によってワラント価格がどのように変動するかについて数字を用いて説明し、さらに、ワラントは予め権利行使期間が定められていてその期限を経過すると無価値なものになることを説明するなどし、その説明に約一時間強を要した。

そして、原告は、同日、外国新株引受権証券の取引に関する確認書(乙第六号証)に署名押印をしてBに交付し、その後、再度来店した際、外国証券取引口座設定約諾書(乙第七号証)に署名押印をしたものである。

(二) 原告は、右説明により、ワラント取引がハイリスク・ハイリターンの特徴を有することなど、ワラントの特質を十分に認識した上で、日野自動車工業ワラントの買付注文を行ったものである。

(三) なお、プレミアム、パリティ、ギアリングレシオ、権利行使を前提としたワラントコスト等の具体的な投資指標は、顧客にとって有益であるとしても、投資商品を勧める場合に常にこれらの投資指標を詳しく説明しなければ違法になるものということはできない。

(四) したがって、Bが原告に対して行った勧誘、説明行為は、説明義務に違反するものではないし、虚偽表示や誤解を生ぜしめるべき行為にも当たらない。

3  断定的判断の提供の主張について

Bは、各ワラント取引の勧誘に際して、会社の業績及び相場の状況等そのワラントを勧める理由を具体的に説明しており、例えば、伊藤忠ワラントに関しては、住友商事や丸紅と並んで出遅れの商品銘柄であるからと述べ、三菱電機ワラントに関しては、半導体が伸びていて業績好調であるからと述べ、旭化成ワラントに関しては、ハウジング関係が非常に伸びて業績好調であるからと述べるなどの勧誘したものであって、断定的判断の提供の事実は存在しない。

4  一任売買、過当売買の主張について

本件ワラント取引は一任売買や過当売買に当たるものではないし、被告が本件ワラント取引により利益を得ていたとしても、そのことと原告の主張する損害との間には因果関係はない。

5  原告は、平成元年七月からワラント取引を開始したが、同年一二年の株価最高値の時期までは順調な投資利益を得ていた。

原告主張の損害は、平成二年初頭から同年八月までの株価の暴落によって発生したものに過ぎない。

四  被告の主張に対する認否

すべて否認し、若しくは争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(当事者)のうち、(一)の事実は当事者間に争いがなく、(二)の事実は弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一号証により認められる。

二  同2(ワラントの特殊性)の各事実は当事者間に争いがない。

三  同3(取引の経緯)について

前掲甲第一号証、いずれも成立に争いのない乙第三ないし第五号証、第一四、第一七号証、第一八ないし第二一号証の各一、二、第二二ないし第二九号証、証人Bの証言により真正に成立したものと認められる乙第六、第七号証、証人Bの証言及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和五五年一〇月、被告の前身である野村投信販売名古屋駅前支店において老後の生活の為に貯蓄する目的で証券取引を始め、当初は、公社債及び株式投資信託等を中心として投資を行っていたが、昭和六〇年三月ころから株式現物取引をするようになり、一回当たりの投資金額は一〇〇〇万円を超えることもあった。原告は、株式投資信託については、被告の担当者から、株式よりも値動きの上下が小さく貯蓄に適しているとの理由で勧められて、購入したものであり、株式現物取引についても、被告の担当者から推奨された銘柄を勧められるままに購入していたものである。

また、原告は、右取引の中で、昭和五九年一〇月にファニー・メイというドル建ての外国債券を買い付けたことがあり、また、他の証券会社においてマルク建てのドイツ銀行株式を買い付けたこともあって、為替変動の影響がある外国証券の取引の経験もあった。

原告は、右各取引に必要な有価証券の預り証、現金等の授受をするために、遅くとも昭和六三年七月ころから、何度も被告名古屋駅前支店に赴いていた。

(原告が、昭和五五年一〇月下旬ころに被告の前身である野村投信販売名古屋駅前支店で証券取引を始めたこと、平成元年ころまで国債、投資信託及び現物株式に投資していたことは、当事者間に争いがない。)

2  原告は、平成元年五月に原告の担当者がBに代わった後、同年七月まで、東京エレクトロン、菱洋エレクトロ、富士機械製造の株式取引を行ったが、右各銘柄についても、Bの勧めるところに従って取引をしたものである。

3  Bは、平成元年七月中旬ころ、原告に対し、電話で、ワラントという投資商品があることを案内したところ、原告は、そんなにもうかる商品があるのかとワラントに興味を示した。そこで、Bは、同月二〇日午前に再度、電話で、日野自動車工業ワラントについて、同社の業績が良く成長性があることや、同ワラントが当時の市場の状況から判断して割安であることを理由にその買付けを勧めた上、原告方に赴いてワラントの説明をすることを申し出たところ、原告は、同日午後に自分の方から被告名古屋駅前支店に出向く旨返答した。

(Bが原告に対し平成元年七月二〇日に日野自動車工業ワラントの買付けを勧誘したことは、当事者間に争いがない。)

4  原告は、同日午後、被告名古屋駅前支店に赴き、Bからワラントの危険性やその売買の仕組みに関する説明等を記載した社団法人日本証券業協会作成の「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」と称する小冊子(乙第四号証)及び被告作成の「ワラント取引のあらまし」と称する小冊子(乙第五号証)の交付を受けるとともに、ワラントについての説明を受けた。

Bは、原告に対し、ワラントは新株引受権付社債のうちの新株引受権の部分であること、ワラントは株式と比較して、利益幅が大きく危険性も高いハイリスク・ハイリターンの商品であること、日野自動車工業ワラントはドル建てであること、ワラントには権利行使期間があり、期間が経過するとワラントは価値がなくなることなどを説明した。

しかし、Bのこれらの点についての説明は、虚偽あるいは誤解を生じさせるような内容ではなかったものの、概括的なものにとどまり、それまで被告の担当者の勧めるままに投資行動を決定してきたという貧弱な投資経験しか有しない原告に、それぞれの具体的な意味を理解させるには程遠いものであり、一方で、Bは、ワラントが大変人気のある商品で、飛ぶように売れており、利益が期待できるものであることを強調したために、結局、原告は、ハイリスク・ハイリターンというワラントの特質や権利行使期間が定められていることの正確な意味を理解するに至らず、また、Bから交付された前記小冊子に目を通すこともせず、かえって、ワラントは割引債と同じようなものであるとの認識さえ持つに至った。

そして、原告は、日野自動車工業ワラントを購入すれば利益が得られる可能性が高いと考えて、その購入を承諾し、Bから外国新株引受権証券の取引に関する確認書(乙第六号証)及び外国証券取引口座設定約諾書(乙第七号証)を示されて、取引に必要な書類であるとの説明を受け、その内容を確認することもせず、右各書面に署名押印した。

5  その後、原告は、別紙ワラント取引一覧表記載のとおりのワラントの売買を行ったが、いずれも、Bから、当該発行会社の総売上の伸び率が良いこと、その業種全体が活況を呈していること、相場の状況が良いこと等の説明を受けて、自ら主体的に判断することなく、Bの勧めるままに従って売買したものであった。

右取引中、三菱電機ワラントまでの取引において、原告は、日野自動車工業、住友商事、丸紅、キリン及びリョーサンの各ワラントについては短期間の売買で利益を得たものの、伊藤忠及び三菱電機の各ワラントの取引では損失が出た。

(原告が別紙ワラント取引一覧表のとおりワラント取引を行ったことは当事者間に争いがない。)

6  原告は、Bから三菱電機ワラントの取引において一七〇万円を超える損失を生じた旨の通知を受けた際、原告がワラントに対して有していた認識によってはこのような多額の損失が発生することが理解できなかったので、Bに対し事情の説明を求めた。これに対し、Bは、ワラントの危険性について説明するのではなく、かえって、建築資材関係の需要が伸びて業績好調であるから、三菱電機ワラントで発生した損失を旭化成ワラントの取引で挽回してはどうかと旭化成ワラントの購入を勧誘してきた。そのために、原告は、ワラントが最悪の場合には購入価格の二、三割程度の損害を受けることがあり得るという程度の認識を持ったにとどまり、この時点においてもワラントの有する特質を十分認識するには至らず、Bの勧誘するように旭化成ワラントを購入すれば右の損失を挽回できるものと思い込み、同ワラントの買付けを了承した。

その後、Bから旭化成ワラントの価格の推移等に関して何の連絡もなかったことから、原告は、同ワラントが利益を生じさせているものと思い、原告の方からBに対し同ワラントの価格を問い合わせることはなかった。

なお、平成二年九月二五日から日本経済新聞紙上にワラント価格が掲載されるようになったが、原告は、Bから右掲載の事実を聞かされていなかったので、原告が購読していた中日新聞紙上で旭化成の株価の動向を時々見る程度であった。

7  平成三年七月ころ、原告は、被告名古屋駅前支店から送付された書面により、旭化成ワラントの時価評価額が四万一九四一円に下落し、六五八万七六八四円の損失を生じていることを知り、Bに対し事情の説明を求めたものの、同人から納得の得られる説明はなく、結局、同ワラントの権利行使期間を経過し、同ワラントは無価値となった。

8  Bは、原告の了承を得た上で、本件ワラント取引に係る売買を実行したものであって、原告に無断で右売買を行ったことはなかった。

証人Bの証言中には、Bは、原告に対し、ワラント債とワラントとは異なるものであること、ワラントはハイリスク・ハイリターンという特質を有し、権利行使期間を経過すると無価値なものになること、価格変動が株式よりも大きいこと等を、株価の変動とワラントの価格の変動との関係について具体的な例を挙げたり、図を書いたりして説明し、原告は右ワラントの特質をよく理解していたとの供述部分がある。

しかし、原告がワラントの特質について何ら理解していなかったことは前記認定のとおりであり、そのことは、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一七号証によれば原告は自己の金銭出納帳に本件ワラント取引で購入したワラントのことを「ワラント債」と記入していることが認められることや、原告が被告の担当者の推奨するままに証券取引を行っていて自ら主体的に判断するような投資家ではなかったこと、原告のような高齢者で老後の貯蓄の手段として証券投資をしている者が、ワラントのハイリスク性に何ら危惧を抱くことなく取引を開始していること等の既に認定した事実からも裏付けられるものというべきである。

したがって、原告がワラントの特質を理解していたとする証人Bの前記証言部分は採用できない。

そうすると、原告のワラントに対する理解が右の程度のものである以上、Bは原告に対してワラントの特質に関して一応の説明をしているものの、その内容は、原告のような年齢、投資経験の者が理解することができる程に具体的なものではなく、不十分なものであったというほかはない。

四  被告の不法行為について

1  一般に、証券取引は、その価格が政治、経済情勢等に伴って変動するという、それ自体リスクを伴う取引であって、証券業者が顧客に対して提供する情報等は、不確定な要素を含む将来の見通しに依拠せざるを得ないのが実情であるから、投資家としては、取引を行う以上、投資家自身において、自ら収集した情報や提供された情報等を参考にして、当該取引の特質や、危険性の有無、当該危険に耐え得る財産的基礎の有無等を判断し、自らの責任において行うのが原則であり(自己責任の原則)、この原則は本件のようなワラント取引においても等しく妥当するものというべきである。

しかし、このように証券取引が投資家の自己責任で行われるべきであるということは、証券会社の行う投資勧誘がいかなるものであってもよいことを意味するものではなく、証券会社が、証券及び証券取引に関する詳細な知識と豊富な経験を有し、必要な情報の収集、分析及び評価をする能力を持っていて、他方、多数の一般投資家が証券会社の推奨、助言等を信頼して証券取引を行っている現状にあることからすれば、証券会社の助言等を信頼して証券取引を行う投資家の保護を図る必要があることもいうまでもない。

そして、本件ワラント取引当時の証券取引法五〇条一項一号及び五号(五号は、平成四年法律第七三号により同項六号となった。)、証券会社の健全性の準則等に関する省令(昭和四〇年一一月五日大蔵省令第六〇号)一条一項(平成三年一二月二六日大蔵省令第五五号により、二条一項となった。)が、証券会社又はその役員若しくは使用人による断定的判断の提供、虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示等を禁止し、本件ワラント取引当時の大蔵省証券局長通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」(昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号)が、投資者に対する投資勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力に最も適合した投資が行われるよう十分配慮し、特に証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する勧誘についてはより一層慎重を期することを要請し、また、公正慣習規則第九号が、証券会社はワラント取引等に係る契約を締結しようとするときは、当該顧客に対して、所定の説明書を交付するとともに、取引の内容、取引に伴う危険性等について十分に説明し、顧客の判断と責任において当該取引を行うものであることの確認書を徴求すべきものとしていることも、右と同様の趣旨を明らかにしたものということができる。

もっとも、これらの法令、規則等は、公法上の取締法規ないしは営業準則としての性質を持つに過ぎないものであるから、これらの規定に違背した証券会社の顧客に対する投資勧誘等が私法上も直ちに違法となって、不法行為を構成するものではないが、右にみたような証券取引の特質や特殊性に照らせば、証券会社又はその使用人は、投資家に証券取引を勧誘する場合には、投資家の証券会社に対する信頼を保護すべく相当の配慮が要請されるのであり、投資家が当該取引に伴う危険性について正しい認識を形成することを妨げるような虚偽の情報、誤解を与えるような情報、断定的判断等を提供してはならないことはもちろん、適合性原則を踏まえて投資家の意向やその財産状態、投資経験に照らして明らかに過大な危険を伴うと考えられる取引を積極的に勧誘することを回避すべき注意義務を負うことがあるというべきであるし、また、商品内容が複雑でかつ取引に伴う危険性が高い証券取引を一般投資家に勧誘する場合には、当該商品の周知度が高い場合や勧誘を受ける投資家が当該取引に精通している場合を除き、信義則上、投資家の意思決定に当たって認識することが不可欠な当該証券の概要及び当該取引に伴う危険性について説明する義務を負うものというべきであり、証券会社又はその使用人がこれに違背したときは、当該取引の一般的な危険性の程度及びその周知度、投資家の職業、年齢、財産状態、投資経験その他の当該取引がされた具体的状況の如何によっては、私法上も違法と評価され、右証券会社は、顧客がこのような違法な投資勧誘に応じたことにより生じた損害について、不法行為に基づく賠償義務を負うことがあり得るものと解するのが相当である。

2  そこで、本件について、原告主張の義務違反があったか否かについて検討する。

(一)  勧誘行為自体の違法性について

ワラントは、原告の主張するとおり、その発行会社の株価の変動率と比較して、その何倍もの価格変動が生じるハイリスク・ハイリターンの特質を有し、また、外貨建ワラントについては、国内では証券会社の店頭での相対取引しか取引の場が用意されていないものではあるが、そうであるからといって、外貨建ワラントの取引の勧誘が原告の主張するような条件を備えた者に対してのみ許容されるとする根拠は見出し難いから、一般投資家たる原告への投資勧誘行為自体が違法であるとの原告の主張は失当である。

(二)  適合性の原則違反について

原告は、四四〇万円の年金収入に加えて年間一四〇〇万円のマンションの賃料収入があり、住宅金融公庫への借金の返済を考慮しても、生活のために十分ともいえる収入が確保されている状況であって、その収入額と本件ワラント取引への投資額とを対比すればその余剰資金を証券取引に投資していたといい得るのであるから、原告の資産状況は本件ワラント取引のリスクに耐え得るものであったということができる。

また、原告は、証券会社の担当者の推奨するままに取引を重ねていたとはいえ、過去一〇年間にわたる外国証券の取引を含む証券取引の経験を有していたものであるから、原告に対する本件ワラント取引の勧誘行為自体が直ちに適合性の原則に違反し不法行為を構成するものとまでいうことはできない。

(三)  説明義務違反について

ワラントは、当時国内で取引が開始されたばかりであって周知度が低く、しかも株式の現物取引とは異なった危険性を有するものであるから、投資家は、ワラント取引についての意思決定をするに当たり、少なくとも、ワラント価格が同銘柄の株価の変動率と比較して数倍の変動が生じるというハイリスク・ハイリターン性を有すること及び権利行使期間が定められていてこれを経過するとワラントは無価値なものになることについて認識することが不可欠であるというべきであって、証券会社又はその使用人は、右事項につき、それ以前に顧客が行ってきた株式現物取引や投資信託等の証券取引との差異を踏まえ、ワラントの投資効率の有利性等を強調することに偏ることなく、しかも、顧客の年齢、知識、理解力等に応じて顧客が十分理解できるように説明をするべき義務を負うものというべきである。

しかしながら、Bは、原告に対し、既に認定したとおり、ワラントの特質を説明した書面を交付しワラントに関する概括的な説明を行ったにとどまり、一方で推奨するワラントの有利性を強調し、原告がワラント取引について意思決定するために不可欠な情報、特にハイリスク性についての警鐘を与える努力を怠り、原告が十分に理解したものと安易に思い込み、Bを信頼してその勧誘するところのままに推奨銘柄の取引を了承する原告の態度に乗じ、本件ワラント取引を行わせたものである。そして、Bは、三菱電機ワラントの取引によって多額の損失が発生し、原告から問い合わせを受けた際にも、ワラントの危険性について何ら説明をせず、原告に対しワラント以外の証券に投資する意向を確認することもしないまま、旭化成ワラントの有利性を強調し、右損失を埋め合わせるために再度同ワラントの買付けを勧めるなどしたものである。

したがって、Bが原告に対して行ったワラントについての説明は、原告の年齢、投資経験、知識、理解力等に照らし考えると、証券会社の担当者が行う勧誘として相当性を欠き、私法秩序に照らして違法なものといわなければならず、Bには、右のように説明義務を怠った点で過失があるものというべきである。

(四)  虚偽表示、誤解を生ぜしめるべき行為の有無

Bが、原告に対し、虚偽の表示や誤解を生ぜしめるべき表示を行ったことを認めるに足りる証拠はなく、原告がワラントについて割引債のような比較的リスクの少ない商品であるとの誤った認識を有するに至ったのは、前記(三)に説示したとおり、Bが説明義務を尽くしていなかったことによるものであり、Bが積極的に虚偽の表示等を行った結果ではないものというべきである。

(五)  断定的判断の提供の有無

原告本人尋問の結果中には、Bが原告に対し、その推奨する銘柄が絶対にもうかる商品だとの判断を示して取引を勧誘したとする部分があるが、証人Bの反対趣旨の証言に照らし、これを採用することはできない。そして、他に、Bが原告に対し、ワラントの価格が確実に上昇するなど、その価格自体の推移予想を断定的に述べたことを認めるに足りる証拠はない。

既に認定したとおり、Bは、各ワラントの勧誘に際して、その発行会社の業績や相場の状況等の具体的な理由を述べた上で勧誘をしているところ、原告がBの説明を聞いて当該ワラントが確実に利益を生むものと認識したとしても、Bの右説明内容は、証券取引法五〇条一項一号にいう断定的判断を提供したものということはできない。

(六)  一任売買、過当売買の有無

一任売買については、本件ワラント取引当時、自粛通達が一任勘定取引を自粛すべきものと定めていたが、一任勘定取引自体は禁止されておらず、また、一任勘定取引を行う場合の過当売買については、本件ワラント取引当時の証券取引法一二七条及び一任勘定規則が、投資家を保護するため、一任勘定取引に伴いがちな過当売買を禁止していた。

しかし、原告がBに対し証券取引を一任した事実を認めるに足りる証拠はない。また、既に認定したとおり、Bは各ワラントの取引ごとに原告の了承を得ているから、原告がBの勧誘するところに従って証券取引を行っていたとしても、本件ワラント取引が、Bが原告の勘定を支配するような実質的な一任勘定取引であったということはできない。また、本件ワラント取引が一任勘定取引といえない以上、その取引が過当売買であって違法であるとする原告の主張も失当である。

3  以上によれば、Bの原告に対する勧誘行為は、説明義務違反の点で不法行為を構成し、Bの使用者である被告は、民法七一五条一項により、右の違法な勧誘によって原告が被った損害を賠償する責任を負うものというべきである。

五  原告の損害について

1  前掲乙第三号証によれば、原告は、本件ワラント取引によって請求原因6の(一)記載のとおり七四三万一一一四円の損害を被ったことが認められる。

2  しかしながら、原告は、本件ワラント取引を行うに際して、Bから、ワラントの危険性等を説明した小冊子の交付を受けた上、概括的であるとはいえ、ワラントの特質についての一応の説明を受けていたものであり、原告としても自ら理解するための努力を払っていればワラントの危険性について相当程度の認識が得られたはずであったのに、原告は、右の小冊子に目を通すこともせず、多額の資金を投資することとなるワラントという商品の仕組みについて何ら関心を寄せることがなかったのであり、また、三菱電機ワラントの取引では一七〇万円を超える損害が発生したことを知ったのであるから、その時点で、ワラントの危険性について疑問を感じて、ワラントについての調査をするなどして、自らのワラントに対する認識の誤りを訂正する機会を得ることは可能であったにもかかわらず、Bの勧誘するままに漫然とワラント取引を継続したものであるから、原告にも右損害発生については少なからず落度が存するものというべきである。

これに対し、Bは、右のとおり、原告に対し、ワラントの危険性等を説明した小冊子を交付して原告が自らワラントの内容について検討する機会を与え、概括的であるとはいえワラントの特質についての一応の説明をしたものであり、右の説明が不十分であったが故にBには説明義務違反の違法が指摘されるところではあるが、その過失の程度はさほど大きいものとはいえず、そのほかに、Bに過失が認められないことは、既に認定したとおりである。

そして、原告の右落度、Bの説明義務違反の程度、取引の経緯等を考慮すると、過失相殺として右1の損害の七割を減ずるのが相当であるというべきであるから、被告の負担に帰すべき原告の損害額は、二二二万九三三四円となる。

3  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、右2の被告の負担に帰すべき損害額等に照らすと、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、二五万円と認めるのが相当である。

六  以上によれば、原告の本訴請求は、右五の2の被告の負担に帰すべき損害額と同3の弁護士費用の合計額である二四七万九三三四円及びこれに対する不法行為が行われた最後の日である平成二年五月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大谷禎男 裁判官 貝原信之 裁判官 前田郁勝)

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